学校教育で養われる力と失われる力 〜後編〜

どうも!
冒頭のあいさつの書き方を忘れてしまうくらい、ブログ更新が滞っていたなばためです。
(最近はラジオやらnoteやらに浮気してしまい、Osmosis Lifeに手が回っていませんでした。。)

今日は、前編を書いたまま3ヶ月以上放ったらかしになっていた、学校教育についてのお話です。
前回、「学校教育で養われる力」については書いたので、「学校教育で失われる力」について書きたいと思います。

ちなみに、ラジオではすでに「学校教育の落とし穴」というタイトルで似たようなことを話してますので、流し聞きしたい方はそちらをぜひ!

前編で「学校教育で養われる力」は、読解力論理的思考力と書きました。

後編は「学校教育で失われる力」についてなのですが、「失われる」という言葉はちょっとニュアンスが違って、「忘れられる」とか「置き去りにされる」の方が正しい気がしています。

私が考える学校教育で失われる力は、失敗する力正解を自分でつくる力です。
一般的にこういった呼び方はないと思いますが。。

学校教育の中ではさまざまな能力が養われますが、重要な局面で試されるのはいつも「決められた正解に、ミスなく素早くたどり着く力」です。

子どもにとって、一つの大きなターニングポイントである進路選択にとってみてもそう。
進路選択の場面においても、「決められた正解に、ミスなく素早くたどり着く力」が求められるように思います。
そのような大切な場面において求められる能力=「生きていく上で大切な能力」であると本能的、無意識的に捉えてしまうのは、当然のことなのかなと。

失敗する力

テストで高得点を取るためには、できるだけ誤答を減らさなくてはいけません。

来たる期末試験、入学試験に向けて、あまたの練習問題をこなしプレテストを受け、本番で同じミスをしないように類似問題を解き直し、苦手を克服していきます。

でも、どれだけたくさん練習問題で正解しても、プレテストでトップランクに入っても、本番でミスをしたら志望校には入れません。
テストでのミス以前に、体調を崩したとしてもやり直しはききません。
それすらも日頃の体調管理ができていないからだと言われることもあります。

とにもかくにも、自分の希望する進路を勝ち取るためにはミスが許されない

本番一発勝負が悪いとも思わないし、ある評価軸に沿って競争原理がはたらく事自体も悪いとは思いません。
社会でもそういったことは多分にあるし、厳しさを経験するという意味でもいいことだと思います。

ただ、入試という制度には、子どもが「ミスをしたらおしまい…」という捉え方をしやすい構造があることは認識しておく必要があります。

このような状況下では、

「ミスをしたらどうしよう…」

というプレッシャーや恐怖が生まれやすくなり、最終的に「失敗は良くないこと」という思考につながります。

そうすると当然、本能的に失敗を避ける行動をとるようになり、どんどん失敗して経験を積む力は置き去りになります。

正解を自分でつくる力

テストではあらかじめ正解が用意されています。
テストで求められるのは当然「用意された正解に素早くたどり着く力」です。

なので、子どもたちはヒントを手がかりに正解を探しに行きます。
ここで大事なポイントは、子どもたちは「正解がある」という前提で走り出しているということ。

「ある」という前提でそれを求めるための訓練をひたすら行い、12年間「ある」ものを的確に導き出す力が評価される。
これを積み上げていくと、「正解はある」という考え方が無意識領域にインストールされやすくなります。

では、「ある」と思っていたものが実はなかったとしたら?
そして、「ある」はずのものがなくなったとことに気づけていないとしたら?

状況を飲み込めずに悩んだり、困惑したりするかもしれません。

社会に出て「正解が用意されていない」ゲームに移行し、より「自分がどうしたいか」の方が問われるようになります。
当然ですが「自分がどうしたいか」に正解はありません。
なので、この問いに対しては「正解を自分でつくる、もしくは決める」スタンスで向き合わないといけないのですが、どういしても長きに渡って積み上げてきたものがあるので、「正解にたどり着く」アプローチで向き合ってしまいがちです。

きちんと勉強をして、入試対策をして、、
と臨んでいる生徒ほど、「正解を自分でつくる力」が疎かになってしまいます。

ゲームは変わる

前編でも書きましたが、大切なのは、

あくまでも「入試」というゲームの中では「ミスを最小限にする」「用意された正解を返す」が最適解なのであって、ゲームが変わればルールも変わり、「どんどんミスをして経験値を積む」「正解をつくる」が最適解になるゲームもある。

と知っておくこと。

この世のゲームは一つではないし、少なくとも学校を卒業して社会に出るタイミングで確実にゲームは変わります。

そう考えると「同じルールは通用しないぞ!」と心の準備をしておくのがよさそう。

前半戦ではサッカーをしていたのに、ハーフタイムを終えたら急にまわりがタックルしたり、ボールを持って走り出したり、、
「ゲームが変わる」はそれくらい大きな変化だと思っていた方がいいのかなと。

そして、頭ではわかっていたとしても、ミスを恐れたり、正解を探したくなったりという衝動は意外と根深くインストールされているものです。
いま自分が直面しているゲームのルールは何で、自分が当てはめているルールは何なのか。

たまにはそんなことを振り返ってみるといいかもしれません。

そしてもう一つ。

約20年間に渡って積み上げてきたものは、そんなにすぐに変わるものではない

と、いい意味で割り切って、長期戦覚悟で意識的に向き合っていくのがいいのかなと思います!


ではまた!


<追伸>
最近、noteにもブログを書いていたりちょっと前にラジオをやってみたりと、自分の発信のすみ分けをどうしようかと考えていました。
ちょっと思いついたのが、noteに本記事を書いてこっちには追伸的なものを書くのもいいかもなということ。
ラジオも含め試行錯誤中ですが、いったん色々試してみようかなと思ってます〜