「インターン」という言葉が学生に与える印象

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那波多目健太

1996年生まれ。東京都出身。環境問題への関心から東北大学では農学を専攻。大学院進学後、休学を決意し環境負荷の少ない農業を実践する㈱坂ノ途中とNPO法人Colorbathで1年間のインターン。2019年度末に大学院を中退。現在、お野菜をオンライン販売する京都発の企業に勤務中。

どうも!
今日、自転車を走らせていたら、電動アシスト自転車とロードバイクのUber Eats配達員を追い抜いてしまったので、今度Uberの入団テストを受けに行こうと思っているなばためです。
(たぶん、そういうシステムじゃない。)

今日は、『「インターン」という言葉が学生に与える印象と実際のところ』というテーマで書いてみます。
というのも、つい最近、Colorbathが募集しているインターンの事前相談会に参加させてもらったからです。

相談会に参加してくれた学生の意見を聞いて、自分が学生当時「インターン」という言葉に抱いていたイメージと、実際にやってみた感覚の間に少しギャップがあったなということに気付かされました。

これから社会に出る学生さんにとって、少しでも参考になればうれしいです!

学生にとっての「インターン」

学生時代、私が抱いていた「インターン」という言葉のイメージはこんな感じ↓

  • 実際の業務を経験できる
  • 社会人としての基礎知識やスキルが身につく
  • 就活時のステータスとして有利になる


なんだか、大学3年生くらいになると、みんなこぞって使い始める言葉で、部活やサークル、留学や就活と並列されるくらいの、学生にとっては一大イベントな感じ。

ただ、実際には「インターン」という言葉に抱いていたイメージとして、もう一つ大きなものがありました。

「抱いていた」というよりも、今回のインターン希望者への事前相談会に参加させてもらって、「暗に抱いていたことを、いまになって、認識させられた」という感覚です。

インターンに参加した暁には、「知識やスキルが身につき、自己成長もできる」環境が、手厚く用意されている。

その業界に興味がある
企業の理念に共感する
自己成長の機会と捉えている

誰しもそんな思いで、インターンに応募するのかなと思います。

エントリーの際には、だいたい志望動機みたいなものを書く欄があって、みな自分と向き合って、必死に志望理由を書き上げる。

「こういう仕事に興味がある」
「この仕事は自分のステップアップにつながる」

そんな思いさえ持っていれば、あとはインターン参加後に待っている、プログラムやら、タスクやら、ディスカッションやらをこなせば、今の自分よりも成長できているだろうし、やりたいこともより明確になっている。

「だって、そうだよね?」

「インターン」って、主催者側が何かしらを用意してくれているものでしょ?

そんな想いが頭の片隅に間違いなくあったなと、今になって気づきました。

参加者から当事者へ

つまり、当時の私の認識の中では、「インターンは参加するもの」だったのです。

トークイベントに参加すれば、トークテーマは用意されているし、料理教室に参加すれば、レシピとそれを教えてくれる先生がいる。

自分はそこに参加しさえすれば、何かを得られる、もしくは、そのイベントを楽しめる。

もちろん、ここまで明確に「インターンとは、参加するものだ!」と思っていたわけではありません。
むしろ、そこまで明確に自分の偏見に気づけていたら、インターン中、もっと違った行動が取れていたかもな、と思う部分があるくらい。

ここで一番厄介なのは、「インターンは参加するもの」という自分の思い込みには、とても気づきにくいということ。

どうして気づきにくいのかなと考えたとき、一つ思い浮かんだのは、

学生である自分は、インターンをする企業なり団体なりの中で、一番知らないことが多いし、できることも少ない。
だから、きっと上司や先輩がサポートしてくれるに違いない。

という、見えない部分に薄っすらとある固定観念みたいなものがあるからなのかなと思いました。

「理念には共感しているけど、具体的に何をするかがわからない」という類の不安や、インターンする中で課題にぶつかったときの「自分は知識や経験がないから判断できない」といった主張は、

「だって、自分は社会人として働いたことないんだし、そんなこと知らないもん。。」

という、感情からくるものなのかなと思います。

今だから、こんなこと書けるのですが。。

知らない、わからないなりに、今ある知恵を絞って考えて、人に相談して、調べて、自分なりの「こたえ」を出す

これをするには、知識やスキルがなかろうが、自分が「当事者」になることが不可欠です。
(エラそうなこと書いてますが、社会人になった今でも、日々、当事者意識を忘れないように奮闘しています。)

あと、これはすごく個人的な考えですが、

自分で状況を判断して行動した結果、失敗に終わったときは、チーム全体の責任だけど、自分で判断することを避けて失敗したときは、その人の責任なんじゃないかなーって思ったりします。

そういうふうに考えると、何かわからないものに出くわした時、失敗や間違いを恐れずに行動しやすい気がしています。

「だって、そうでしょ?」
「なーんにも知らない私が、状況判断して、行動したんだから。」
「そりゃあ、ミスするのも無理ないよね。」

ちょっと書き方的に誤解されてしまいそうなのですが、これはあくまでも、責任を放棄していいというニュアンスではなくて、「自分で判断し、行動に移した」というアクション自体は、悪いことではないよね、という意味です。

もちろんその結果を受けて、より知識や経験のある人はその失敗に対してしっかりとフィードバックするべきだし、自分自身もそれを踏まえて次の行動に活かすべきです。

トライを重ねる練習期間

結局のところ、インターンに参加したからといって、やりたいことが見つかるとは限らないし、大幅なスキルアップが見込めるかもわかりません。

というか、「やりたいことをやる」が、地でできている人は、わざわざインターンに来ないのかなと。笑

ただ、

「興味のある分野はあるけど、まだ何がしたいかが明確ではない。」

そういう人にとって(過去の自分を含む)インターンは、大いに活用できる場です。

企業や団体の内側を知る、社会人としての基礎知識やスキルを身につける、というのはもちろんですが、それより何より、仕事や人との向き合い方、みたいな部分を肌で感じながら、学べる機会はすごく貴重だと思います。


わからないなりに判断して、自分なりの「こたえ」を出そうとする姿勢。

小さなことでもいいから、主体的に行動に移してみる姿勢。

行動から学びを得て、次の行動を改善しようとする姿勢。


ちょっと抽象的でわかりにくいかもしれませんが、右も左も分からない状況で実際に行動に移す、というのは結構エネルギーの要ることです。
特に慣れないうちは。

自分の中の葛藤やら恥ずかしさやら、なんやらを、結構いろいろと乗り越える必要があったりします。

インターンは、自分の向き合い方次第で、トライを積み重ねる練習期間としてはすごくいいものになるかと思います!

まだまだ自分も鍛錬中なので、一緒に頑張りましょう!笑


ではまた!


※本記事に書いた内容は、あくまでも自分の経験をもとにして書いたもので、世の中にはいろんなタイプのインターンがあるかと思います。くれぐれも、一意見として考えてください。



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