思考の深め方

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那波多目健太

1996年生まれ。東京都出身。環境問題への関心から東北大学では農学を専攻。大学院進学後、休学を決意し環境負荷の少ない農業を実践する㈱坂ノ途中とNPO法人Colorbathで1年間のインターン。2019年度末に大学院を中退。現在、お野菜をオンライン販売する京都発の企業に勤務中。

どうも!
家を出るとき、3回に1回はカギかスマホを持ち忘れるなばためです。
(あれ、何なんだろ。。)

最近、ブログの更新ができておらず、インターンズブログのスケージュールをだいぶ遅延させてしまいました。
すみません。

今日は、「思考の深め方」というテーマで書きたいと思います。
主に、私が文章をつくり上げていく過程での思考を例に挙げながら掘り下げていきます。

観察する

えー、正直なところ、出だしだけ書いて3日ほど途中で中断していたので、今回の記事で何を書こうとしていたのかがだいぶおぼろげです…笑

「観察する」という、1つ目の見出しを自分で付けていたことも今思い出しました。

どうしたものか。

でも、自分がブログを書くとき(書く内容を決めるとき)は、まさにこんな感じで、日々見聞きしたことをもとに、ゆるやかに思考が始まる感じです。

基本は、普段触れる情報や自分の体験がもとになっているので、ちゃんと頭がはたらいていれば、「これ書こうかな」みたいなことは、毎日思い浮かんでくるわけです。

(って、書きながら、自分でつけた「観察する」という見出しにどうつなげようか考えてます。)

とはいえ、毎日ニュース記事や動画、本などを駆使して、えげつない量のインプットをして、そこからネタを探しているかと言われればそうではなく、割とぼんやり生きてます。

Youtubeで本の解説動画を見たりはしますが、それきっかけで本を買って、自分でも精読するということはほぼしません。
基本、動画を見て「はぁ~、なるほどね。」という動画の6割を理解するくらいの感覚です。なので、実際のところ、もとになった本の内容は3割くらいしか理解してないんかなと思います。

ここで言う「観察する」は、

日常の出来事一つ一つにアンテナを張って、細かな変化や流れも検知する

というものではなく、

自然とインプットされてきた「情報」に対する、自分の「動き」を察知する

というものです。

「動き」というのは、何かしらの「情報」を得たとき、自分はそれをきっかけにどんな思考を始めるのか、どんな感情が生まれるのかという、こころの機微です。

あくまでも、観察対象は外界の生の「情報」ではなく、「情報」を受け取った自分がどんな反応を示すかという内的な部分です。自分の中での感度を上げるみたいなイメージですかね。

まずは、自分の反応を観察するところから思考が始まります。

問いを投げる

観察によって自分の「動き」を捉えたら、次は「動き」の原因や理由を探っていきます。
(安心してください、普段はこんな思考メソッドっぽい順序で考えてないです。どうか冷めた目で見ないでいただけると幸いでございます。)

外からインプットされてきた「情報」に対して、どうして自分はそんな感情を抱いたのか。

例えば、会社で営業チームがITチームに、取引の効率化や最適化について相談しているのを聞いたときのことです。(今はたらいている会社では、複雑な業務の効率化のために自社でITチームを抱えて、システムを内製化しています。)

なんとなく、相談する側の考えている自動化とそれに対するITチームの反応に、ざわっとした感じがありました。
なんかかみ合ってないところがありそうだな、みたいな。

これが、「観察」で見えた部分。

じゃあ、なぜそう感じたのか?と、次は問いを投げてみます。

自分が普段仕事をする中で感じた、自動化のメリット・デメリット。
そもそもの課題が、自動化することでは解決できないケースなどが思い浮かびました。

プログラミングとかはできないのですが、ここ半年くらいで、エクセルやスプレッドシートを使って作業を効率化・自動化する、みたいなことをしていて、
「いや、これ、そもそも自動化で解決する部分じゃないやん。」
って思うっことが多々あったり、
「自動化って、データがキレイな状態で、統一性のあるルールに従ってはじめて機能するのか。」
って気づいたり。

その経験があったからこそ、
「変えるべきはシステムの部分ではなくて、ひょっとすると人が手を加えるフローの部分なのでは?」
と、ざわつきを覚えたのだろうと思います。

こうして、「動き」のなぜ?に対する答えを見つけます。

「思考」そのものを俯瞰する

とまあ、ここまでは、

①自分の内側を観察し「動き」に気づく
②「動き」の原因を探る

と、思考の主語が「自分」という一人称です。

もちろん、この段階までの内容でブログを書くこともあるのですが、もう一歩踏み込むこともあります。
というか、本音を言うと毎度もう一歩踏み込みたいと思ってます。

誰も書かないような、自分にしか書けない文章を書きたい、と常に思ってます。
(おれは世の中の流れには迎合しないぜ。的なノリはあまりないのですが、自分の持っている価値観や雰囲気は、自分にしかないものだと思っているので、それを余すとこなく表現したいなと。)

自分の経験から気づきを得て、その理由を探るというところまでは、割とありふれているのかなと思っていて、

〇〇という場面に遭遇した。
◇◇ということに気づき、私は××と考えた(△△という学びを得た)。

この流れで、気づきの部分がぶっ飛んでいたら別ですが、まあ一度は通る道だよね、的な気づきだと、なんとなく悔しくなるのです。
(どんな感情だよ。)

なので、頭が元気な時は(笑)、もう一歩踏み込んで、

・その気づきや考えは、Aという別の立場の人にとってはどうなんだろう?
・あえて、自分の出した答えと逆の主張を肯定してみたら、そこにはどんな理由や根拠があるのだろう?
・ほかの人が同じ「情報」に触れたとき、果たして自分と同じような思考プロセスを踏むのだろうか?

と、「自分の意見」を一歩引いて俯瞰することで、それが世の中全体の一意見に過ぎないよね?
という立場をとってみるわけです。
なんというか、幽体離脱して、斜め上から自分の思考の道筋を眺めてみる感覚です。

そうすると、視野が広がって、一度自分が出した答えがちょっぴり変化したり、逆に強められたりすることがあります。
ここで言う「自分の出した答えが変化する」は、流されたというようなネガティブな意味ではなくて、自分の思考を深めた結果、自分の内側から導き出した変化というニュアンスです。

この記事を書くに至ったわけ

「思考を深め方」というテーマには、自分の「強み」と「弱み」について考えていたところから、徐々に思考が発展していった結果行きつきました。

最初から、自分はどうやって思考を深めているんだろうか?という問いがあって、そのプロセスをまとめようとしたのではなく、入り口は違うところにあって、元のテーマを深めているうちに「思考の深め方」という部分にたどり着きました。

たどった思考の道筋はこんな感じ。↓

強みと弱みってなんだろ。
強みを発揮するみたいによく言うけど、どうやって発揮するんだろ。
そもそも、強みって意識しなくてもできてしまうことなんじゃないか?

強み=意識せずともできてしまうこと
弱み=意識しないとできないこと


みたいなかんじかな。

自分が意識しなくてもできることって何だろう…

何かをアウトプットするときにほかの人はこんな感じで、ぐるぐる自分と対話してるのかな?

自分は、結構答えを出すのに時間がかかったり、その場ではあいまいな返答になってしまったりすることがある。
それは「弱み」とらえられる一方で、「情報」がインプットされてきたときに、自分の「ことば」として処理して、判断する癖がついているという言い方もできるよな。

だからこそ、会話ではなく文章だと、自分の思考をめぐらす余裕があって、強みを発揮しやすいんじゃないか。

あれ…
こうやってうだうだ考えたプロセスをブログにしている人っているのかな。(←ここ、俯瞰ポイント(笑))

「思考」を思考する、を意識せずに出来て、それをアウトプットに変えることをしている人ってそんなにいないのかも。。



みたいな、思考の足跡があって、ここにたどり着いてます。

こんな、謎めいた文章を書けるのは、きっとこの私だけだ…!(苦笑)

ではまた!

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