言葉は心を越えない

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那波多目健太

1996年生まれ。東京都出身。環境問題への関心から東北大学では農学を専攻。大学院進学後、休学を決意し環境負荷の少ない農業を実践する㈱坂ノ途中とNPO法人Colorbathで1年間のインターン。2019年度末に大学院を中退。現在、お野菜をオンライン販売する京都発の企業に勤務中。


「なるほどぉ。」
「確かに。」
「わかる!」

自分が共感したとき、その気持ちを表すのに最適な言葉はなんでだろうか。
この言葉で私の感動は伝えられているのだろうか。

「大好きだ。」
「愛してる。」
「かけがえのない存在だ。」

たとえ、心の底から思っていたとしても、
字面を追えば、どこか薄っぺらい。

言葉は心を越えない。

「愛想がいいね。」
「周りを気にしないよね。」

それは、ほめ言葉か、それともけなしているのか。

言葉はときに、意図せぬ誤解を招く。

” I’m fine! “

彼らのそれと、私のそれが意味するものは果たして同じなのだろうか。
言語が違えば、その隙間もより大きくなる。

やはり、言葉は心を越えられない。
人は言葉によって、悩み、苦しむ。

それでも、私たちは毎日言葉を駆使して表現する。
表情や声の調子で気持ちを伝えようとする。
身振り手振りで言葉の壁を越えようともする。

言葉の不完全さを補うかのように。

その不完全さがゆえ、私たちは理解し合う努力を続けているのかもしれない。


もし、言葉というものが完全なものであったなら。

私たちの日常は、どれほどつまらないものになっていただろう。


言葉は心を越えない。

それでいい。
それがいい。

だからこそ、人は「ことば」で「こころ」を超えようとする。

言葉は心を越えない

「SAY YES」 – CHAGE and ASKA – より

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