80点思考のワナ

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那波多目健太

1996年生まれ。東京都出身。環境問題への関心から東北大学では農学を専攻。大学院進学後、休学を決意し環境負荷の少ない農業を実践する㈱坂ノ途中とNPO法人Colorbathで1年間のインターン。2019年度末に大学院を中退。現在、お野菜をオンライン販売する京都発の企業に勤務中。

どうも!
クラファン返礼品の白いTシャツに、キムチをこぼしてショックを受けているなばためです。
白Tもキムチも大好きなので、ショックが2倍。。

前々回の記事で、Colorbathの職員さん方との面談を経て、「やりたいことは?」って聞かれると、なんか身構えてしまうみたいなことを書いたわけですが、先週日曜日に代表の吉川さんともう一度ミーティングをして、そのとっさの「身構え」の正体に気づいたので、今日はそのことについて。

とっさに最適解を探そうとするクセ

まず結論から言うと、自分は何かを問われて、それに対する答えが用意できてないと、その場で最適解を探しにいくクセがあるということ。

それだけならまだいいんですが、その場で探しているにもかかわらず、

「いやー、考えたこともなかったです。」
とか、
「ちょっと考えさせてください。」

といったような、自分のありのままの状態はあまり表に出さず、
あたかも前から考えてたふうに話してしまうんですよね。
いやー、厄介です。

そこにはたらいている心理は、

「ちゃんと答えられないと評価してもらえない。」
「答えが用意できてないと準備不足だと思われてしまう。」

という類のものなのかなと思います。

だから、相手が何を求めているかばかりに気がいって、無難に70点、80点くらいの答えを探しにいってしまう。
たとえ、相手が特に決まった答えを求めていなくても。

これは、無意識のうちに自分の中に出来上がってしまった、1つの習慣というかクセなんだと思います。

そして、幸か不幸か、中途半端に賢いせいで即席の答えが一見まともにも聞こえてしまう。
でも、それは100%の「本音」ではないので、相手には最後まで自分のありのままが伝わらない。。

正解のない問における80点のもつ意味

もちろん、相手が何を求めているかを考えて話すことが大切な場面もあるかと思います。

でも、自分のこと、つまりは、

「あなたはどんな人間なの?」

という問いに対しては、正解とかないんですよね。

そういう問いに対して、自分の正直な部分ではなく、相手の求める形(実際は求めていない)をアウトプットすることは、それ以上のコミュニケーションを中断させることになります。

お互いに理解を深めようとする場での80点は、最終的には何も生まないのです。

残るのは、なんとなく守られたような気がする自分のプライドと、相手との間のもやもやした気持ちだけ。

それ以上も、それ以下もない

世の中には就職面接や入試面接など、何かを選択する場面ではこれでもかというほど、テストとしての面接が用意されてます。

個人的に、これらの面接はどうも「パスするための面接」という位置づけが強いような気がしていて。

自分のありのままが一番の正解であるにもかかわらず、テストとしての面接の前には何度も対策をして、「こたえ」を準備することがよしとされたり、これを言うと強い!みたいな情報が出回ったり。。

本当はそんなものお構いなしに、堂々とありのままの自分を話せばいいのですが、なんとなくそういった雰囲気に影響されてしまうんですよね。

でも、いくらその場を一見きれいな80点の「こたえ」で取り繕ったとしても、本当の自分はそれ以上でもそれ以下でもない。

しかるべきタイミングで、ありのままの自分を堂々と話す。

自分に染み付いた「最適解を探すクセ」を少しずつ解きほぐしていこうと思います。

それではまた!

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