だいたい、飽きる

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1985年生。早稲田大学国際教養学部、米国Portland State Universityにて文化人類学専攻。 新卒でベネッセに入社。学校教育コンサルティングに関わる。新しい働き方・学び方創りに関わり、社外の活動としてスポーツ、キャリア教育、地方創生、途上国支援など複数のNPO、NGOの立ち上げに関わる。 世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Shapers Communityメンバー。関西学院大学非常勤講師。

リモートワーク、ステイホームな日々の中、みなさんいかがお過ごしでしょうか。自分の周りでも、オンラインで新入社員研修を受けていたり、リモートで働いていたりします。少しずつ緩和の兆しが見えてきてはいますが、みなさん引き続き頑張って乗り越えていきましょう。

そう言えば私も、新入社員研修の仕事を、毎年少しですがやっていて、今年はオンラインで50名 1クラスの新入社員研修を担当しました(が、いろいろあって途中で取りやめになりました)。そんなこともありましたね。

そして本題ですが、オンライン飲み会/リモート飲み会、みなさんもされていますか?自分はですね、最近結構多いですね。

対面ではなかなか飲みに行けない距離に離れている友人とかともさくっとできますし、直前のお誘いとかでもいけるので、楽しい感じです。家で飲んでいるので、遅い時間までいってしまうこともあります。されている方も多いのではないでしょうか。

今回は、「オンライン飲み会」の是非、みたいなのが言われたりすることがあると思うので、そのあたりを考えてみたいと思います。考えていたら、ちょっと思考が寄り道してしまった感もありますが、徒然に書いているので読んでみてもらえたらと思いますm(_ _)m

大きな変化は、「オンライン」よりも、「みんな家にいる」

「オンライン飲み会」というと、その手法や環境面に注目が集まると思うのですが、いま私たちが行っているオンライン飲み会の背景にあって大きいのは、「世界中、基本的にみんな家にいる」ということですよね。

みんな家にいるから時間があるし、みんな話すことを欲している。人に会えない寂しさや辛さ、暇な感じを発散するために、孤独を感じないために、人と関われたらいいなと精神的に思っているケースが多いのではないでしょうか。それなのに、直接会うことは自粛。そうなってくると、オンラインしかない、という感じになるんだと思います。なんだか特殊で、特別な時間ですね。

つまり、選択肢がオンライン飲みしかないからやっている感じというのはあると思っていて、対面でも良いよ、となればまた状況は変わってくるような気がしました。つまりここで大事なのは、「オンラインかリアルか」ということではなくて、「人はやっぱり人と話したい」という欲求なんだと思うんです。これって、これまでは当たり前な感じだったのでわざわざ認識していなかったのですが、やっぱり人は一人では生きていけないし、笑いや楽しさ、人とつながっている感というのは、大事なものなんですね。

オンライン飲み会は、飽きるほどやった

自分がよく聞いている動画メディアとかで、ホリエモンとかキンコン西野さんとかいるんですが、幻冬舎箕輪さんの話もよく聴きます。この方々同士も、つながりが深いようです。

今日は、その中で箕輪さんがしていたお話を。

箕輪さんが、ホリエモンとやりとりをしていて、こんなやりとりがあったようです。

箕:オンライン飲み会しませんか?

ホ:いやオンライン飲み会とかしねーから。っていうか、もう飽きたから。前にいろいろあったときに自粛的な感じのときに、前にだいぶオンライン飲みやってて、もう飽きた。対面で飲むほうが楽しいし、オンラインでは限界あるし、もう飽きたから。

みたいな感じだったようです。

なるほどなー笑と思いました。

実際、オンライン飲み会のメリットや手軽さはありますが、対面での盛り上がりと言うか、リアル感、ライブ感はリアル飲み会ほどはありません。そんなことはみんな感じるところだと思います。いまがステイホームで特殊な状況なのでやっていますが、今後は対面での飲み会ができるようになれば、どうなるのか。そのリアルに人と会う予定のほうが優先されたり、そういった予定がみんなそれぞれ詰まっていくことによって結果的にオンライン飲み会が少なくなったりするのかな。

予定があまりない人が気楽な感じで、「気楽のオンライン飲み会やろ!」って言っても、他に予定が詰まっている人はそれに参加できず、結果オンライン飲み会側の人も「あれ、みんな参加してくれない」ってなって、結局寂しさをより一層感じてしまったりして。

やる前の悩みと、やった後の気付き

視点を少し変えて、オンライン飲み会をやる前のことを考えてみたいなと思います。そもそもZoomとか使ったことがない状態からすると、オンラインで複数で話したりとか、どんな感じなのかわからず、それが面白いのか面白くないのかわからず、自分からオンライン飲み会やろう!とはなかなかなりにくかったと思います。でも、いざやってみると結構いけるなーみたいな感じで続けている。

これって、今も学校再開が話題になっていますが、オンライン教育的なことも同様なのかなと思います。ぶっちゃけ、そりゃ対面で人とふれあいながらの授業の方がいいなとは思います。でも、それができないならオンラインの選択肢しかない。それでも、それが分かっていても、オンライン教育的なことをやったことがないと、どうしても足踏みしています。やったことがないという不安。でもやってみたら、まぁ意外にこれでもいけるか、となる。

そして、オンラインもまた飽きられる

そしてそして、また状況が変わってきたら、「オンライン飲み会では不十分な3つの理由」「オンライン教育よりも対面授業でこそ人は成長する」みたいな記事とかがネットとかでも出てきて、「おれは前からリアル飲み推しだった」「やはりオンライン教育には限界がある」みたいな人も出てきて。あくまで、予想ですが。

オンライン教育が最高だから、いまオンライン教育を推し進めている、というわけではないと思うんです。選択肢としてそれがあるし、無料でできることも多いし、他にできることがないなら、積極的にやりましょうよ、と。かつ、今後通常通り学校に通えるようになっても、オンラインの良さは良さとして残して、リアル授業と併用していけるといいですよね、ということだと思うんです。

オンライン VS リアル ではない。

そう思っておかないと、強烈な揺り戻しというか反動というか、やっぱりオンラインより対面、リアルだよね、となってしまうのが心配ですね。サーバー落ちるよね、とか、タイムラグあるよね、とか、いろいろ細かな課題だけが取り上げられてしまって。

そして気づく、「当たり前の価値」

世の中、そうやってあーだこーだいいながら、変わらなかったり変わったり、反対側まで行ってからやっと本質的なことに気がついたり、「なんでもない当たり前な環境が一番だよね」って、最後に気がつく。こうやって、日常の当たり前に気づくことはすごく大切だと思っています。何が大切かって、人生を楽しく前向きに生きることにおいて、大切だなと。これがなければ、ないものねだりの人生を過ごしてしまうような気がします。

そして、せっかく気がついたことも、当たり前の中で埋もれていって、そのありがたみは忘れ去られる。当たり前なことにこそ価値をおいて、感謝を。そんな自分でいたいなと思います。

私は、飽き性

話は少し戻りますが、「飽きる」っていう人間の気持ちというか感情というか、こういうのは、あるよなーと思うんです。自分も、結構飽きっぽい性格かなと。のめり込むときはいろいろ調べたりがっつりやったりしているんですが、一度飽きたらもうおしまい、戻らない感じです。

興味関心が移っていってしまう感じ。これは、、、いつからこうなるんでしょうね笑。そして、飽きやすい人と、飽きにくい人の違いは何なんでしょうか。

飽きやすい、というのは、どちらかというネガティブな感じで言われることが多いです。だから、あー自分は飽きっぽい性格なのか、これは少し直したり、我慢したほうがいいのかなー、と思っている部分もあります。

一方で、この、1回しかない人生、もう考えることとしては、「飽きやすい性格を活かせることはなにか」っていう感じですよね。飽きにくい性格になる、飽きても我慢して続ける、というのは、結構結構厳しいので。

飽きるっていうネガティブっぽいことが、プラスになることは何なのか。飽きるの反対側は何なのか。これを考えたいですね。

どんどん次へ次へいく、新しいことへシフトしていく、そんなことには向いていますよね。それが良いとされるのは、、、なにかアイデアを思いついたり、ちょっとした工夫を思いついたり、とか、企画を実行していく、みたいなことが向いてそうですね。そっち方面で頑張りたいと思います。飽き性でも、他人にプラスをもたらすことができれば、それはそれでありですよね。強みに変える。

新しいことは、時がたてば普通になる。

イノベーション、という新しいぶっとんだことは、素晴らしいイノベーションほど、未来の当たり前になります。電気だって、新幹線だって、飛行機だって、インターネットだって。

でも、そんな素敵なイノベーションもいつか、当たり前になる。そして、便利で素晴らしかったその当たり前は、きっと楽しさも忘れさられる時がくる。そのときには、それは当たり前だから。

そうなると、むしろそうじゃないやつもいいよね、ってなる。例えば、電気よりも焚き火のあかりとかランタンとか、落ち着くよねー、とか。エアコンより、薪ストーブのほうが温まるよねとか。

人間は、欲深い。わがままだ。満たされれば、次の欲求が出てくる。それが、「ない」ときには、「ある」ことを望む。それが「ある」ようになったら、ほかの「ない」に意識がいく。でも、きっと環境に適応しつつ、この世の中をそれなりに前向きに生きていくために、そうなっているのかもしれないですね。

インターネットがあることで、リモートワークという名の、いつどこにいたって働けちゃう環境。
毎日SNSにふれることで、そればっかり気になっちゃう環境。
便利な飲食店が増えて、外食ばっかりになっちゃう環境。

新しい環境を楽しみ享受しつつも、やっぱり本質を考え、そして次なる環境を考える、そんなことを大切にしていきたいなと、思います。

その意味では、飽き性で、はい次と考えるタイプの自分には、それが向いているのかもしれません。

では!今日も、オンライン飲み会です。

オズモっ!

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