”相談”には、2種類あるらしい

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1985年生。早稲田大学国際教養学部、米国Portland State Universityにて文化人類学専攻。 新卒でベネッセに入社。学校教育コンサルティングに関わる。新しい働き方・学び方創りに関わり、社外の活動としてスポーツ、キャリア教育、地方創生、途上国支援など複数のNPO、NGOの立ち上げに関わる。 世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Shapers Communityメンバー。関西学院大学非常勤講師。

30数年生きてきて、ついこないだ初めて知ったことがある。

これまで、「無意識の偏見」に気づき、それを乗り越え、学び、フラットであたたかい思考スタイルでいきたい、常々そう思っている。だからこそ、できるだけ偏見をもたないようにしている。

それゆえに、今回の学びは大きかった。「自分は偏見を持たないようにしている」からこそ、つまり、偏見はないだろう、という自分の思い込みが、偏見を持っていることを気づきにくくさせている、ということに、少し気がついた。

要は、「自分は大丈夫だろう」「自分は違うだろう」という思い込みをしていて、それが結果として、自分の物事の見え方を固定化させてしまっていたのかもしれない。

意識することは、とっても大切。

同時に、意識したところで完璧ではない。完璧じゃないからこそ、意識してしまっている、ということなのかもしれない。

そんな気付きに至ったのが、「相談」についてだ。

みなさん、相談には、2種類あるって、知っていましたか?

相談という名の共感

1つめの相談は、共感である。

ん?相談は共感である、ということで、相談ではないではないか、そう感じていたのはこないだまでの自分。

仕事にしても、なにかを決めるにしても、迷っているにしても、いろんなケースで、家族や同僚やいろんな人に「相談」をするケースはあると思う。

自分は、人から相談をされる時に、「相談を受けるモード」に無意識に入っている。つまり、「何かに困っていて、意思決定のヘルプがほしいんだな」そうかなり強く思い込んでいた。(いわゆる男性脳的なあれだと思います)

となると、相談されたときに、

・何に困っているのか
・何が問題なのか
・どうしたいと思っているのか
・そのためのアクションはなにか

みたいなことを考えるような脳みその機能が働く。だから、早くそのあたりの情報を掴みたいし、そのへんの話を早く「相談してほしい」と思っている

でも、どうやら違ったみたいだ。

それを話をしてくれないときが、よく発生した。つまり、「解決策を知りたい」ということから相談は始まらない、ということ。

つまり、なんとなーく悩んでいることについて、相談の最初のフェーズでは、あくまで「共感」が求められていること。悩んでいるという状態、困っているという状態を共有し、まずはそこと同じ目線で受け入れ、共感するというステップがあるようだ。(いまさら?)

ただ共感してもらいたいだけなのかなー、と思っていた時期もある。ただ、これはあくまでステップ1で、相談して共感された後、相談から解決への道筋も話したい、と。ステップ2として、私がこれまで考えていた「相談」がやってくる。

それなら、きっちりホウレンソウを切り分けて、ステップ2的な「相談」からしてほしいなー、なんでそうやって相談してくれないのかなー、そう思っていた時期もある。

2つある相談

ここからが大きな発見。

この2つのステップに分けられる「相談」は、分断することができない。これを分断して考えるような奴には、だんだん相談したくなくなるらしい。なぜなら、これはあくまで2つのステップで、ステップ1の先にステップ2がくる

相談にのって力になりたい、助けたい、と思うのであれば、まずはこのステップ1の共感を大切にして、相手の立場で一緒に感情で味わう、ということが大切。

相談とは、そういうものだ。

あー勉強になった!

そして、いちいち「相談とはなにか」とかをこうやって分析的にあーだこーだ、うんたら語っている人にも、どうやらめんどくさくて相談したくなる、ものかもしれない。

きをつけよーっと。

オズモっ!

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