「生きていく」ということ

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1992年生。京都外国語大学にて国際教養学/外国語・日本語教育を専攻。JICA青年海外協力隊員としてアフリカ(マラウイ)へ赴任。情操教育の推進、初等算数や基礎教育に関する教員研修の実施、日本との国際交流活動など幅広く実践。帰国後、NPO法人e-Educationにて、プロジェクトマネージャーとして途上国の教育課題の解決に向けた事業推進を担う。現在は、「途上国と日本の共成長」をテーマに、国際的なWeb交流事業や、大学と連携した途上国フィールドワークプログラムの開発、及びソーシャルビジネスを展開するアジア・アフリカの連携機関へのインターンシップマネジメントのディレクター。

はっしー(大学新4年生)から連絡をもらったことをきっかけに開催した、今日のオンラインイベント。その名も…「これからの「働く」ナンデモオンライン座談会」。

人生やこれからの働き方、悩み相談を個別ではしたことはあるけれど…それを見ず知らずの初対面の人たちを前にみんなで一緒にやるなんて、あまり例を見ない会だったなーとやり終えて感じた。笑

でも、悩んでるのは自分だけじゃないんだなーって感じられたり、私も同じことで迷ってるの〜!って共感できる場があるのは、なんだかいいなっておもえた。

そんな座談会を終えて感じた私のありのままを、このブログに綴っておこうとおもいます♪

一発で納得いく選択なんてない

どんなときでも桜は咲いて、春がくる

私が学生のころは、「休学」すること自体、稀なケースで、「インターンをする」というのも専門的なスキルを学ぶため(エアラインとかアルバイトでは経験できないこと)やっていたような時代。

むしろ、この職に就くんだ!って確固たる決意をしていて、それが自分にあってるかどうかを就職まえに確認しておくためのフィールドっていうイメージだった。(もちろん、いまでもそういうフィールドのインターンもあると思うけど。)

でも、最近はどうやらちょっと違うみたい。

「就職する前に、自分はこれからどうしたいのかを模索したい」「自分のやりたいことが何かを探したい」「社会に出る前に本当に好きなことをみつけるため」そんな意見をよく耳にする。

私たちが学生だった時代に比べると…「学生」から「社会人」になるステップの幅というか、ハードル(壁?)みたいなものが大きくなっているように感じた。というか、慎重派?が増えているようにも思う。(これは、私が出会う学生さんが真面目な人が多いからなのか?笑)

自由な働き方やライフスタイルが認められていく社会になればなるほど…人は迷い、だからこそ「正解」や「これだ!」っていうものをバシッ!!と当てはめようとしているようにもみえる。

ほんとは自由だからこそ、「生きていければいいや〜」って考え方もゆるくなったり、柔軟になってもいいはずなのに…そうなりにくい「人間の思考」にふれる機会の多さを感じる。

そういうときに自分の中に湧き出てくる感情は、すごくモヤモヤしたもので。世の中の動きと人の思考との矛盾差に深い違和感を感じてしまう。いや、逆にある種…理にかなっているのかなと感じるときもあるのだけれど。

何歳になっても悩み、それが人生

なやんだら自然に癒してもらうのが、私の習慣。笑

私は大学を卒業して5年目になるけれど…考えたら2回ぐらい、一般的にいういわゆる転職的なことをしていたんだなって、改めて今日気づいた。笑

「転職=所属を変える」ということだとすると…

大学を卒業→青年海外協力隊としてマラウイへ→特認NPO法人e-Educationで働く→NPO法人Colorbath/株式会社カラーバスで働く

これは5年間で2回くらいキャリアチェンジしてきたことにもなるよなーって思った。(キャリアチェンジというよりか、所属変更みたいなニュアンスだけど。)

でも、私のなかにその実感がなかったのは、一環して「その時の自分がやりたい・得たいとおもったコト」を直感的に大切にして、行動に起こしてきたから。

だから、自分の想いに嘘偽りなく生きているという面においては、1つの生き方を貫いていることになるんだなーっと自分のこれまでの人生に納得できた。そして、自分の中で「仕事=ありたい姿を実現するための手段」みたいに捉えているんだろうな、と。

でも、だからといって私が日々悩まずに、楽しくワクワク生きられているか…といわれると、むしろ逆で。笑 常に自分の仕事や家庭、これからの生き方のバランスに悩み、考え続けていることも事実。笑

とはいえ、それが私にとっての「生きていること」なんだろうなって、今日実感できた。

人間らしくていいじゃないか

私の青春時代をともに過ごしてきた相棒、愛犬プッチーと

悩み、落ち込み、モヤモヤしては、落ち着き、ふっと楽になって、些細なことに幸せだと感じる余裕ができたら、また悩む。笑

そんな感情のアップダウンの激しい私に、周りのみんなからはよく「人間らしいね」といわれる。

何が人間らしいんだろう?って、その意味がよくわからなかったけど…

そのアップダウンがあり、感情のままに生きていられていることも「人間」であり、「一生懸命生きていること」の証だな思うと…なんだかふっとそんな自分を受け止められるようになってきた。そして、みんなの言葉に納得した。笑

そんな、今日この瞬間が、きっと新たなステージの始まりに、そして新たな自分の成長サイクルのスタート時点に立ったということなのかなーと思いつつ、悶々とする想いも拭い切れずにいる。そんな今日でした。笑

これが、私の人生であり、「生きていく」ということなのかな。

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