こころ。

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那波多目健太

1996年生まれ。東京都出身。環境問題への関心から東北大学では農学を専攻。大学院進学後、休学を決意し環境負荷の少ない農業を実践する㈱坂ノ途中とNPO法人Colorbathで1年間のインターン。2019年度末に大学院を中退。現在、お野菜をオンライン販売する京都発の企業に勤務中。

Hafa Adai!
みなさん、こんにちは!
ブログ毎日更新8日目です。今日で目標の1/3に到達です。(^^)/
書くのも早くないし、引越しの準備をしたり人に会ったりで結構ドタバタなのですが、たびたび執筆が夜遅くに差し掛かりながらもなかなか健闘しているなとちょっぴり自分を褒めています笑。

そして、このブログ連続更新は、毎日自分の記事をチェックしてくれているOsmoser 仲間のあかりさんの協力があって成り立っています。
この挑戦は自分への小さなハードルという位置づけで始めましたが、協力してくれる方、記事を読んでくれる方への誠意を示す意味でも最後まで駆け抜けたいと思います!

こころと理性のギャップ

今日のテーマは「こころ」です。
ネパールから帰ってきたあとは、比較的自分と向き合う時間がとれているため、自分の中のモヤモヤや葛藤、好奇心などを客観的に見ることができています。
その中で、つくづくこころと理性のギャップに苦戦しています。頭でわかっていても気持ちがついていかないという状態です。

ですが最近は、こころと理性のギャップさえも人間の美しさなのだと考えるようになりました。

こころという身勝手な生きもの

「ああ、なんで自分はこんなに葛藤しているのだろう。」
「どうしてこんな些細なことにイライラするのだろう。」
「指摘されたことは図星なのに、悔しくて素直に受け入れられない。」

落ち着いて考えたり、あとから振り返ったりすれば、しょうもないなと思うことでも、悩んでいるときにはどうすればいいかわからなくなってしまうこともあります。

人は身勝手なこころのせいで、しばしば冷静さを保てなくなってしまいます。
理性にとってこころは天敵のようなものだと思います。

私も自分のこころに幾度となく悩まされ、これからも悩まされると思います。

身勝手ささえも美しさ

こころと理性のギャップに対して私は今まで、どうすればこころを理性でコントロールできるのかを考えてきました。

しかし、最近あるマンガのワンフレーズを読んでこの考え方を改めました。

正確には覚えていないのですが、フレーズの意図としては、

「ああ、人間のこころはなんて面倒で複雑なんだろう。でも、その面倒くささや複雑さといったこころの機微はとても美しい。」

というものでした。

私は妙にこの言葉に納得しました。
こころの揺れや感情の起伏は悲観の対象ではなく、人間の営みの大切な一部である。
そう思うことで、自分の内面を以前より冷静に見れるようになった気がします。

ただ、こころの機微を美しいものと捉えたからといって、決して気分が晴れたり、ハッピーになったりするわけではありません。

「苦しいけど、この気持ちも私という人間をつくる大切な一要素なんだ。」

そう思うだけで、少し違う景色が見えてくると思います。
人って面白い生きものですね笑。

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