ごみはどこへ?

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那波多目健太

1996年生まれ。東京都出身。環境問題への関心から東北大学では農学を専攻。大学院進学後、休学を決意し環境負荷の少ない農業を実践する㈱坂ノ途中とNPO法人Colorbathで1年間のインターン。2019年度末に大学院を中退。現在、お野菜をオンライン販売する京都発の企業に勤務中。

Hafa Adai!
みなさん、こんにちは!
ブログ毎日更新3日目です。

3月も中旬に差し掛かり、少しずつ穏やかな気候になってきましたね。
私は冬が苦手なので、本当にうれしい限りです!
(寒いのが苦手なくせして、進学先に東北大学を選んだり、暖房のないネパールに滞在したりしていました…笑。)

今日は「ごみはどこへ」ということで、ネパールで目の当たりにしたごみ問題を通して考えたことを書きたいと思います。

ネパール人のごみに対する意識

ネパールの住宅街の一角に捨てられた大量のごみ

私がインターン生として滞在していたネパールの首都カトマンズでは、道端や川辺に大量のごみが捨てられています。周りの人が見ていようがお構いなしで、みんな当たり前のようにポイポイ捨てています。

言うまでもありませんが、日本でよく見かける?「誰か見てるゾ」のステッカーはまったく効果を発揮しないでしょう笑。

今や日本人にとって「ごみはごみ箱へ」という意識は当たり前になっています。そのおかげで日本人の私は、そこら中にゴミが散乱しているネパールにいてもポイ捨てをする気にはなりませんでした。

ごみ箱の先には何がある?

あれ、でもごみ箱に捨てたらごみはキレイさっぱりなくなるんだっけ?

そんな疑問が湧いてきたのは、イラムという地域のある村を訪問したときのことでした。ホームステイをさせてもらった家で、ごみ箱を見つけられなかったので、滞在中は自分でビニール袋にまとめておきました。

そして、最終日に

「ゴミを捨てたいんだけど、どこに捨てればいいかな?」

と聞くと、家の人は

「オッケー、オッケー。」

と言ってそのゴミを持って畑の方へ歩いていきました。

あ、そっか。ここでは自分たちでごみを処理しているのか。

彼が、私の出したごみを畑のそばの穴に埋めたのか、あとで燃やしたのかはわかりません。でも、私が出したごみは確かにその土地に残ったのです。

イラムは紅茶で有名なインド・ダージリンのすぐ隣で、お茶の大産地です。訪問した村ではお茶以外にも、カルダモンやショウガ、トウモロコシやコメなどさまざまな作物を栽培していました。
そんな土地にごみを残してきてしまったことに、なんとなく罪悪感を覚えました。

イラムからカトマンズに戻る道中、どうしても自分が捨てたごみのことが頭から離れませんでした。ごみの行き先なんて日本では意識していなかったので、自分が出したごみの終着地を知ってしまったのが思いの外ショックだったのかもしれません。

イラムにごみを残したことにしモヤモヤを抱えていると、ふと、ネパールの日本語学校で行ったマナーの授業のことを思い出しました。

マナーの授業で伝えたかったこと

なぜマナーの授業をしたかというと、日本語学校を経営している方から
「日本の良いところを生徒に教えてほしいです。そうですね、、日本人のマナーについてとか良いと思います!」
と言われたからです。

最近の日本人のマナーってそこまでよくない気がするけどなあ、と思いつつ、日本人のマナーがどうかというよりも、自分が考えるマナーを実践するにあたって大切な心構えに重きを置いて話をしました。

授業の内容は、

  • マナーとルールの違い
  • 日本人のマナーについて(ごみ捨てマナー、食事のマナー、時間厳守を例に説明)
  • マナーを実践する上で大切なこと

といった感じです。

まず、どちらも守るべきとされる、マナーとルールの違いは何なのかを説明し、その後でマナーの具体例からイメージを膨らませてもらい、最後にマナーを実践する際の心構えについての自分の考えを話しました。

自分の行動の先に想いを馳せる

私は、
「マナーを実践する上で一番大切なことは、自分の行動の先に想いを馳せることだ」
と訴えました。

どういうことかと言うと、

  • 机を汚いままにして教室をあとにしたら、次にその机を使う生徒がどんな気分になるか。
  • 道端に汚れの付いたお菓子の袋などを捨てて、もし誰かがそれを踏んでしまったらその人はどんな気持ちになるか。

そういう部分にまで想いを馳せて自分の行動を選択するということです。

これはなかなか難しいことで、自分はインターン中のリモートワークを通して、て、その難しさに気づきました。
自分の言動や文面の受け手となる相手がどんな気分になるか、どう解釈するかまで意識して行動することはボーッと過ごしていてはできないのです。

さて、なぜイラムからカトマンズに戻る道中でこの授業のことを思い出したかです。寄り道してすみませんm(_ _)m

マナーの授業では、生徒に対してポイ捨てをしたらどんな影響があるかに想いを馳せるべきだと言いました。
しかし一方で、自分はきちんとごみをごみ箱に捨てた「あと」に想いを馳せるべきだと思ったからです。

ごみは消えてなくならない

今の日本では、焼却能力やリサイクル技術が向上し、再利用可能な資材も増えてきています。街中には至るところにごみ箱があり、道路にごみが散乱していることもほとんどありません。

ですが、たとえきちんとごみを捨てたとしても、そのごみがキレイさっぱり消えてしまうことはありません。自分が出したごみは、形は変われどどこかに残り続けます

ごみ箱に捨てさえすれば、見えないところにキレイに片付けてもらえるというのは素晴らしいことです。
でも、そんな国にいるからこそ想像力をはたらかせて、ごみ箱の先まで意識しなければならないことに気づかされました。

捨てる時も、捨てた後も、大切なのは想像力。

2 件のコメント

  • 日本で捨てられたプラスチックゴミは、日本でリサイクルされていると思っていたのですが年間100万トンが中国へ輸出されていると聞きびっくり!自分達で出したゴミは、自国で処理しないといけないね。

    • 英力君、コメントありがとう!
      プラごみの輸出知らなかった、、
      物事は裏側をしっかり見ないといけないことを改めて実感しました。
      リサイクルでさえも捨てた後の想像力ですね。

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