美的感覚と閃きとクリエイティブ

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後藤 智

経営学の研究者。専門はデザインマネジメント。デザインシンキング、エンジニアシンキング、マネジメントシンキング、アートシンキングの違いと使い所を研究している。この観点から学校教育に対する思うことを書いていきます。

向井周太郎先生の本を読んでいると、ふと記事を書きたくなったので、今回は美的感覚について書いて見ます。以前の記事アブダクションについて書きましたが、向井先生はこのアブダクションには美的感覚が重要であると述べています。アブダクションとは、理論の組み立てから導く推論ではなく、閃きから入り、そのあとに閃きを正当化するロジックを作り上げる推論方法です。

クリエイティブになるためには?

さて、クリエイティブであると認識されている人たちは、どのように閃くのでしょうか。生まれ持った天才的な能力だと思いますか?私の答えは、努力によって得られた経験が作り上げる美的感覚だと思います。

向井先生は、閃きというのは自然との調和だと述べています。微細な差異を一瞬で把握する快・不快に基づいた判断だと。これを批判覚悟で、非常に平易な言葉で置き換えてみます。人は誰しも、美しい・美しくないという価値判断を行いますよね。
例えば、「あなたの行動は美しい」とか、「あの人の言うことは美しくない」というようなことです。何か閃きを得るということは、この判断に基づいて「何か違和感を感じる。。。」という感覚だと思います。その違和感が、「何かおかしい」、「これは新しいことではないのか?」といったような考えにつながるのです。

微細な差異への気づき

つまり、この経験から得られる美的感覚が人より優れていると、他人が感じない微細な差異に気づき、閃きを得るということです。私の尊敬するインテリアデザイナーの人は、世界中でその場でしか感じられない感覚を得るために、必死に努力して世界を周り、写真をとり、経験を積み重ねています。

このような努力が、他人が気づかない微細な差異に気づかせるのです。実際に、その人はお客さんから「このような環境を作りたい」という依頼に対して、過去の記憶を辿り、「これだ!」という閃きを得るようです。

大学で授業をしていると、担当科目の関係から「どうやったらクリエイティブになれますか?」という質問を頻繁に受けます。
私はいつもこう答えます。「勉強する以外に方法はないよ」と。

学問は、我々の生活を言語化してくれます。
前の記事にも書きましたが、この言語化はリフレクションを促します。すると、より生活について理解が進み、今まで見えてこなかった新たなモノが見えるようになります。こうやって、生活の中で多くの経験を得るようになります。そうすると、美的感覚は絶対に磨かれます。嫌でも美しいものと美しくないものの視点が生まれますよ。

りんごの表情

ちなみに、一般的には美的感覚とは審美的な美しさ(見た目の美しさ)を指すと思います。この美的感覚も、経験で磨かれますよ。

私の前職の先輩のデザイナーがこんなことを言っていました。「1日にりんごを100個描いてみな。そうすると、りんごの表情の違いがわかるようになるよ」と。普通の生活の中でりんごの見た目の違いなんてほとんどの人が気づかないでしょう。でも、意識をして経験してみると、だんだん微細な差異に気づくなるようになるのです

学問はこの意識」を与えてくれます。
自然科学は自然への意識を、社会科学は社会への意識を、心理学は人の心への意識を、宗教学は宗教への意識を、文学はストーリーへの意識を、経営学はビジネスへの意識を、経済学は経済への意識を、デザイン学は人間の根源的営為としてのデザインへの意識を。

さて、皆さんも少しは勉強したくなりましたか?
私は大学で働く研究者です。学問に魅了されています。
皆さんも魅了されてみませんか?

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