「ボランティア」って何だろう

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舛田菜緒

環境負荷の小さい農業の普及を通じて、持続可能な社会をめざす会社で働く24歳。 法学部卒だが、1年休学して滞在したネパールでコーヒー事業と出逢う。コーヒーの種からカップに注がれ飲むまでのすべてを理解すべく、コーヒーの仕事している。

ナマステ、なおです。
先日、大学時代活動していた団体の同窓会がありました。

かつて一緒に活動していた先輩や同級生、今まさに活動している在学生たちと、久しぶりに話して、改めて考えたことがありました。

ボランティアって何のため?

私が所属していたのは、東日本大震災の復興支援を目的に立ち上がったボランティア団体でした。
復興支援から、地域のサポート、海外のサポートさまざまな分野で活動しています。
どうしてなのか自分でもわかりませんが、私は「ボランティア」をしたかったので、活動し始めたころは、特に違和感を感じることはありませんでした。
悩み始めたのは、東日本大震災の被災地域に初めて訪れたときでした。

「私が、行ったところで意味があるのだろうか?」という無力感
「何のために、広島から遠い仙台まで行くのだろう?」
「逆に、迷惑なんじゃないか?」という活動に対する違和感
「ただの自己満足なのではないか?」という、自分に対する嫌悪感

一方で、途上国支援に興味があった私は、途上国にも行きたい、何か助けになりたいと思いつつも、
「日本国内でも大変なことたくさんあるのに、海外に行ってどうするんだ。」というジレンマに陥り、
「そもそもボランティアって何?何が正解なんだろう?」と、いつも考えていました。

ボランティアって、人のためといいつつ、自分のためなのではないか…。
一緒に活動していた仲間とも何度も話をしました。

「ひと」と「ひと」

仙台の仮設住宅

仙台の仮設住宅に通うなかで感じたことが、私にとって大切なものとして今も残っています。

それは、「ひと」と「ひと」の関わりであるということ。

ボランティアする人とされる人、支援をする側、される側。
立場を、はっきりさせようとすればするほど、その人個人ではなく「グループ」として見ていたことに気づいたのです。
無理やり、そのグループ分けの「意味」や「理由」を探そうとしていました。

そんなんじゃない。

そもそも「ボランティア」としてじゃないと、仮設住宅の方々には出会えなかったわけですから、自分が「ボランティアである」ということも必要なことではあったのですが、それ以上に私、舛田菜緒としてこの人とどう向き合うのか、が大事だと思いました。

「被災者」ではなく、「〇〇さん」が何を感じて、何を思っているのか、何をしたら喜んでくれるのか、を考えるようになりました。

目の前いる人と私を、「個人」として捉えることができ、ボランティアも「人と人」の間にある営みなんだと思ったとき、これまで悩んでいたことがすっと消えていくような感じがしました。

「この人の喜ぶ顔が見たいから」「この人と一緒に笑っていたいから」「この人に会いに行きたいから」
それだけで、十分理由になるんだと。
そしてそれは、場所も問わない。
自分のすぐ近くでも、東北でも、海外でも。

もうひとつ大切にしないといけないのは、一方通行にならないコミュニケーションだと思いました。
どちらかの思いが一方通行をすると、きっとうまくいきません。これは、ボランティアに限ったことでもないですよね。

「両想い」であることがとっても大事です。

相手と「両想い」であるかどうかも、グループで捉えていたらなかなか見えません。
無理して全員と両想いになる必要はない。
というか、いろんな人がいるので、そもそも難しいって思います。

だから、1対1で。個人対個人で。人と人で。
「ボランティア」として「被災地」に何ができるかを考えるから、グループにくくろうとするから、難しかった。
私がこの人のために何ができるのか、を考えたらとても楽になりました。

ボランティアって、自分のため

ネパールのこどもたち

ボランティアって何のため?という問いに戻ります。
あくまでも私個人の考えですが、ボランティアは「自分のため」なんだと思います。

「何で東北なの?」「何で海外なの?」「何でネパールなの?」と聞かれることがよくあります。
その度に、なんでなんだっけ…と考えるのですが、特に大義名分なんてないんですよね。
ただそこに、「私が」会いたい人、寄り添いたい人がいるから。
改めて考えても、それだけでした。かなり自分本位

もちろん、社会が良くなればいいな、社会課題が解決できたらいいな、と思うのですが、自分を動かすパワーの根源は、そんな自分本位な思いです。
人に迷惑をかけたり、傷つけたりする行為でなければ、ボランティアは自分のためでも良いと思っています。

そして、一方通行にならないように、相手と心を通じさせることだけ注意すれば、きっとうまくいく、と思うのです。
自分の思いや行動が相手のニーズに合っているかというよりも、1対1で心が通じているか、が重要です。
説明しにくいんですが…。このニュアンス伝わりますか…?

グループ、かたまりではなく、個人として個人にちゃんと向き合える人がたくさんいたら、なんか良さそうな社会だなーと私は思います。

寄り添いたい人のためになるなら、私はあらゆる手段を使いたい。
ボランティアでも、ビジネスでも。
次は、ボランティアとビジネスについて私の思いを書いてみようかな。

つらつらと書きましたが、一番言いたいことは「東北に行きたい」ということ。笑
年内には行きたい。
お休み取れますように…と願いつつ、これで終わります!

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