ハイコンテクスト、分かる人には分かる。

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1985年生。早稲田大学国際教養学部、米国Portland State Universityにて文化人類学専攻。 新卒でベネッセに入社。学校教育コンサルティングに関わる。新しい働き方・学び方創りに関わり、社外の活動としてスポーツ、キャリア教育、地方創生、途上国支援など複数のNPO、NGOの立ち上げに関わる。 世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Shapers Communityメンバー。関西学院大学非常勤講師。

いわゆる、「ソーシャルな領域」で仕事をしています。

っと言ったところで、なんとなーく分かる方も(東京を中心に?)いるのかなと思ったり、「ソーシャルな領域ってなんやねん」という方もいると思います。

自分で書いていても、逆にソーシャルな領域じゃない仕事ってどういう仕事なのかとか思ったりもしてきました。

「NPO的な働き方をしています」と言いたくなるときもありますし、その背景というか雰囲気を理解している人には、一定の伝わりやすさがあるのかなとも思います。ただ、例えば大学生など、「そもそもまだ働いたことがない人」にとっては、NPO的な働き方と株式会社的な働き方って、よく分からないですよね。

要は、いまは、「お客さんのために、日々お客さんと働いている/接客している」というような働き方ではなく、社会の中でいろいろな立場で教育や国際協力、ソーシャルビジネスに関わる方々と対話をしながら、役割分担しながら仕事をしています。

となると、背景や考え方、そもそもの情報量や目線がかなり異なる方々と、一緒に仕事をしています。もっというと、そういった人で一同に介してミーティングなどを行っています。N対N対Nみたいな、うまく表現できないんですが、みんな異なる人で集まって、ひとつの方向性を出そうとしている感じです。

そうなるとどうなるかというと、

・あれもこれも説明しないといけないかも、という気になる
・話していることが伝わっているかいないか、よく分からない
・短時間のミーティングにしたいけど、つい長くなる
・長くなったら、もはやどこでわからなくなっているか不明
・疲れる

みたいなことが、発生したりします笑。

異なる価値観、多様な視点があるからこそのおもしろさ、伝わったときの嬉しさはすごいんですが、差がありすぎると、やっぱり限界があるなと感じたります。(そりゃ当たり前か)

日本は、ハイコンテクストな社会だと言われています。暗黙の了解とか、空気を読むとか(空気は読むものではなく、吸ってはくものですよ、ね?)、そういうのあるじゃないですか。

ハイコンテクストだから便利で、都合よく、言わなくても伝わることもあると思いますが、一方そのコンテクストを全く知らない人にとっては、何がどうでなんやねんということは、分からない、という状況に陥ります。

どの世界観・レベル感で話すか

ある程度そのコンテクストがまとまりがあれば、それを理解し、それを踏まえて話をすればよいと思うのですが、違いすぎるバックグラウンドの人が複数集まると、カオティックになりがちです。

今後、自分自身が意識していきたいなと思うこと。それは、

コンテクストが違うのだから、100%伝えきり、理解されることはそもそも無理。無理だから良い。加点法で、誰もが分かることから始め、それを積み上げていく。

というようなことです。

小学生でも分かる言葉で話す、以前働いていたベネッセの本部長が言われていた言葉です。これからは、そういうことも理解した上で、やっていこうと思いました。それが、親切ですよね。

話すのが楽な人の集まり

逆に、同じようなコンテクストの人だけで話をするのは、やっぱり楽で楽しいものですね。それはそれで、存分に今後味わっていきたいと思います。

これから、そういう人には声をかけて、わいわいと話をするような機会を作りたいと思います。声をかけられた方は、ぜひ、断らないでくださいね笑。

じわじわと、一緒に少しずつ。

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