働き方改革は地方部でとっくに実践済み

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1985年生。早稲田大学国際教養学部、米国Portland State Universityにて文化人類学専攻。 新卒でベネッセに入社。学校教育コンサルティングに関わる。新しい働き方・学び方創りに関わり、社外の活動としてスポーツ、キャリア教育、地方創生、途上国支援など複数のNPO、NGOの立ち上げに関わる。 世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Shapers Communityメンバー。関西学院大学非常勤講師。

「働き方改革」という言葉は、結構一般的になっているように感じます。流行りと言うか、共通のキーワードというか。働き方とか業務の仕方で、少し新しいことをしたら、「お、働き方改革!」みたいなやりとり、ありません?笑

首相官邸のWebサイトによると、働き方改革とは・・・

働き方改革は、一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ。多様な働き方を可能にするとともに、中間層の厚みを増しつつ、格差の固定化を回避し、成長と分配の好循環を実現するため、働く人の立場・視点で取り組んでいきます。

首相官邸「働き方改革の実現」

よりよい社会、働き方のために、「改革」していこう、ということですよね。

新しい働き方、というような雰囲気や捉え方もあるのかもしれないんですが、一方で、日本の中の課題先進県でもある秋田県のとある地方で、エアコンの修理にきてくれたおっちゃん達の働き方が、なんというか働き方改革実践済みのように感じたので、それを書きたいなと思います。

村のエアコン修理屋さん

家のエアコンの掃除、付け替えをお願いしていて、すこーしだけ複雑な工事も伴う。おっちゃんが軽トラできてくれて、作業をしてくれました。

秋田とは言え、まだすこし日中は暑いので、いつ完了するかなーと思いながら過ごしていました。結構時間かかるのかなーとも思いつつ、作業自体はのんびりゆったりというか、、、ぼちぼちと進んでいました。

1時間ちょっとくらい、時間がたったかなー、もう終わったかなーとか思って様子を見に行くと、おっちゃんが、いません。トイレかなー、軽トラに部品とりにいったかなーとか思っていたら、

「お昼ごはん食べにいった」とのことでした。

建設現場の大工さん達なら、なんというかそりゃそうだよなと思いましたが、エアコン修理屋さんも、しっかり12時になったらお昼ごはん休憩をとっていました。めっちゃささいなことなんですけど、まぁ別にそうだよなー、と。

秋田では当たり前で、そりゃ12時になったらお腹すくし、みんな休憩もするでしょ、という考え。それが当たり前。

言われてみたら、そうだなーと。

でも、都心部だと、街のエアコン屋さんとかも結構忙しそうなイメージ。何時までに完了しないと、次のお客さんに間に合わなかったり、会社や上司に怒られたり?とかあるのかなと。

お客さん側としても、「いやこっちも予定あるからランチ休憩とか言わずに早く終わらせて」みたいな空気もあるのかなーと感じたり。

別にランチ休憩しなくても働けるし、それが普通になれば苦痛でもないかもしれない。きっと、よかれと思ってお客様にあわせたり、競争に勝とうと思って取り組んだり、悪いことはなかったんだと思うんです。

気づかないうちに変わってしまう

働き方は、そうやってなんというか、気づかないうちに取り組んできたことの積み重ねなんでしょうか。みんながそうするから、それが当たり前になって、特別なことではなくなる。すこーーーしずつ変わっていくから、これはいい、これはだめ、みたいな議論も起こりにくい。

ただ、気づいたときに、「あれ、これきつくない?」ってなったり、なにか大きな問題が発生したときに、「これはおかしい」みたいに取り上げられたり。

日本で、そして都心部で求められていることは、「人類にとって新しいこと」ではなくて、以前は取り組んでいたけど気づかないうちに失ってしまったもの、であることが多いんじゃないかなと思います。

教育現場でも、そうかもしれません。

日本の子どもたちは勉強に受け身で、なんとかアクティブラーニングを実践しないといけない。これからはアクティブラーニングの時代だ、みたいに言われます。

途上国の子どもたちは、目をきらきらさせて学校にきて、勉強へのモチベーションがすごく高い。日本より、素晴らしい!みたいな声も聞いたりします。

日本も、以前はそういう時代があったんだと思うんです。それは、ある意味満たされず、ものが溢れかえっていなかった時代かもしれません。

すでにあったこと、実践されていること、ただ自分が知らないこと、まずは知ることから始まるのかなと。メディアやSNSだけの情報だけではなく、幅広い知識や情報が大切ですよね。

いちいち「改革」にしない”普通感”

イノベーションとか改革とか、「これからの・・・」とか、いろんな表現がありますが、別に新しいことでもないこともあるなーと、自分にも言い聞かせながら、これからやっていこうかなと思います。

働き方”改革”はおおきな、新しいことというよりも、当たり前になってしまった習慣を少しずつ改善していく、くらいのものかもしれないですね。

じわじわと、一緒に少しずつ。

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