私たちは、どうありたいか

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1985年生。早稲田大学国際教養学部、米国Portland State Universityにて文化人類学専攻。 新卒でベネッセに入社。学校教育コンサルティングに関わる。新しい働き方・学び方創りに関わり、社外の活動としてスポーツ、キャリア教育、地方創生、途上国支援など複数のNPO、NGOの立ち上げに関わる。 世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Shapers Communityメンバー。関西学院大学非常勤講師。

自己表現

この1年くらい、大切にしたいと思っていることは、「自己表現」ということです。自分を表現すること、自分の意見、考え、スタンス、好み、等々。

日本の教育では、(ざーーーっくり言いますが)社会的なとある正解でなければならないこととか、みんなと同じであること、他者を尊重することとかを学ぶと思います。就活ではみんな同じ服装をして、同じように応答する。

「相手が求めることを考えよう」という強みを得たと思います。だからこそ、協調性があったり、優しかったり、人に迷惑をかけなかったり、そんな強みがグローバルに見てもあるのかなと思います。

ただ、その強みの裏返しで、

・相手がどう思うかが気になって不安や心配になる
・相手が外国人だと、どう思われるかわからなくて不安
・自分を受け入れてもらえないんじゃないかと自信がない
・「これがやりたい」「こうしたい」というものがない

等々、他人軸で考えすぎるがゆえに、「本来の自分でいる」ということが難しくなっている部分もあるのかなと思います。これは、悪いことではなくて、他人を思える強みがあるからこその、その反対側の弱みだと思います。

日本は(というか他の国でも)、おおきな社会の転換期を迎えるようなタイミングかもしれません(違うかもしれません)。

選挙や吉本興業のこととか、メディアでいろんなことを見たり聞いたりしている中で、それに対する様々な意見、批判、アイデアが出ています。

他人や他者に対して、こうすべきああすべきなんでこうしないんだとか、いろんな意見が出ていると思います。

他人を変えることは難しい。
他人の変化を待つのはもったいない。
やはり、いつだってそこにあるのは、自分の意志であり行動であり、自分自身なんだと思います。

自分が自分でいること

そのために、まずは自分が自分でいる、ということを意識して、決めることはとても大切だと思います。自分は自分でいいんだ、と。

そんな自分を、世界は受け入れているし認めているし、一人ではないと思うんです。わがまま、は少しネガティブな印象のある言葉かもしれませんが、我がまま、私のまま、それ自体では他人に迷惑をかけるような話ではないと思います。

むしろ、強くしなやかで、他者を受け入れるスタンスを発揮する際には、この我がままでいるという強さと優しさが求められることなんじゃないかなと思います。

受け入れること、自分を、相手を

まずは、自分自身が自分でいてもいい、自分でいることを大切にする、ということが始まりです。

その上で、相手がその人らしくいられる空間を作ること、相手自身を、その存在自体を尊重したコミュニケーションの関係性を作ることが、大切だと思っています。

不安だったり、恥ずかしかったり、それをしてどうなるんだろうと思うかもしれません。身近な人1人からでよいので、実験してみてください。

まず、自分でいる。

そして、相手の存在を大切にする。

人はきっともっと優しいし、世界はすでにもっと豊かだ。

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