コミュニケーションの効率と浸透度合い

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1985年生。早稲田大学国際教養学部、米国Portland State Universityにて文化人類学専攻。 新卒でベネッセに入社。学校教育コンサルティングに関わる。新しい働き方・学び方創りに関わり、社外の活動としてスポーツ、キャリア教育、地方創生、途上国支援など複数のNPO、NGOの立ち上げに関わる。 世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Shapers Communityメンバー。関西学院大学非常勤講師。

コミュニケーション能力というもの

「仕事における問題のほとんどは、人間関係やコミュニケーションに関係するものである」

そんなふうによく言われます。仕事、に限らず、人が人として生きていくために、一人では生きられず、人とともに活動をするので、当然人と人とのコミュニケーションがそこにあるので、やっぱりコミュニケーションって大切ですよね(当たり前ですが)。

コミュニケーションが当たり前なものすぎて、空気みたいなものなのか、大事とわかって入るものの、「それを大事にする」ということを意識して行動できなかったりもするものなのかなと思います。空気は大事だけど、当たり前過ぎて大事にできないみたいな。(カトマンズでは、きれいな空気は当たり前じゃないけど)

「コミュニケーション能力がある/ない」とか言われますが、やっぱり、それは能力という「スキル」ということよりも、「スタンス/意識」というものなのかかと、最近感じます。

コミュニケーション能力

→ コミュニケーションを大切にするスタンス/意識

自分を大切にして、それを丁寧に表現すること。
相手を尊重して、相手の反応も受け入れ認めること。
相手の反応に過度に反応せず、またそれに対する反応を丁寧にできること。
ときに、待ち、引き出し、言葉にできない声を理解しようとすること。

生産性と人間らしさ

仕事において、私はずっと「生産性4倍」って言い続けて、自分にも人にもマネジメントをしてきました。半分の時間で、2倍の成果をあげよう、と。効率化ではなく、成果をあげようと。

最近になって、改めて思うんです。生産性を高める努力や意識は大事だと思うし、それによって生み出される価値もたくさんあります。

ただ、その強みの裏返しも必ず存在するということです。物事、強みがあるのは、弱みもあるからです。生産性を高めようとしたときに、ある局面では、「短期的には良いが、長期的にはマイナス」ということも発生すると思います。とくに、人間関係やコミュニケーションにおいて、そうなんだと感じています(最近やっと)。

いかに早く相手を理解し、いかに早く相手と打ち解けるか、も大事かもしれません。

でも、一緒にたわいもない時間を過ごしたり、仕事以外の人間性も見える様々な時間を共有することでこそ、深まる人間関係がある。

最近、意識していることは、そんなところです。

生産性より、人間らしさ。

デザインより、アート。

結果もプロセスも。

”時間”というもの

自分の時間をいかに使うか。

時間は「効率化して無駄にしないもの」という考え方もあると思います。どちらかというと、節約とか貯金とか「いかに減らさないか」みたいな考え方がひとつあると思います。

一方で、「いかに使うか」という考え方もあると思います。時間は平等で、「時間を大切にする」ということは、無駄にしないというある意味慎重な考え方だけではなくて、たっぷり贅沢に、自分が使いたいと思うものごとに、自分の時間を使うことも、「時間を大切にする」ということですよね。

仲間に、自分の信じる領域に、自分の時間をこれから使っていきたいなと思います。それが、時間を大切にする(使う)ということだと思います。

じわじわ、一緒に少しずつ。

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