記憶の限り、人生を振り返ろうvol.2 – 転校 –

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1985年生。早稲田大学国際教養学部、米国Portland State Universityにて文化人類学専攻。 新卒でベネッセに入社。学校教育コンサルティングに関わる。新しい働き方・学び方創りに関わり、社外の活動としてスポーツ、キャリア教育、地方創生、途上国支援など複数のNPO、NGOの立ち上げに関わる。 世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Shapers Communityメンバー。関西学院大学非常勤講師。

前回から、「記憶の限り、人生を振り返ろう」ということで、幼少期の記憶がある限り、振り返りながら自分自身を振り返っています。記憶はかなり断片的ではありますが、思い出すこの時間を大切に味わいながら、できるだけじっくりと、いきたいなと思います。

今回は、「転校」について。1回の投稿では書ききれないんじゃないかと思っておりますが、手が進むまでいきたいと思います。特に、小学校時代の転校については、いままであまり深いところまで向き合っていなかったり、人に話していないこともあるような気もするので、新たな自分の記憶に出会えることも少し楽しみにしつつ、振り返りたいなと思っています。

幼稚園3つ、小学校3つ

いわゆる転勤族でした。金融系企業のサラリーマンとして働く父親の仕事の関係で、転勤はつきものでした。よく引っ越しするなとは思っていましたが、それが親の仕事の都合であることを知ったのは、たぶん小学校高学年くらいだと思います。

転勤だけが理由でもないんですが、幼稚園を3つ、小学校を3つ通いました。幼稚園の友達はほとんど記憶にありません。。。幼馴染もいないので、「昔おまえこうだったよなーー」みたいな会話は、すごく羨ましく思うことがあります。

昔の自分、変わらない自分を知ってくれている人がいる、ということって、なんだかすごくあったかい気がするんです。男性でも女性でも、幼馴染とはなんでも話せる、お盆に帰ったらみんなで集まる、みたいなやつあるじゃないですか?ああいうのってすごくいいなと思っています。

昔の自分と今の自分、その両方を知ってくれる人がほとんどいない。なんというか、自分のことを知るためには、自分しかない、みたいな感覚もあります。もちろん、親とか親戚とかからの話を聞いたりしますが、家族から見える自分と友達から見える自分も違うのかなと思ったり。

静岡や神戸の小学校時代の友達に会って、いろいろ話をきいてみたいなと思っているんです。ほとんど、記憶にないとは思いますが笑。それでも、かすかでも覚えられていることがあったり、「昔からそうだったよね」みたいなことを聞けたら、なんだか自分をすこし認めてあげられるような気がしています。

友達なんか、いらない

いまでこそそういう気持ちがありますが、転校をするたびに、「もう友達は作らない」と、吉川少年はいつも心に決めていました。その時はもちろんうまく感情を整理できていなかったですが、「どうせ仲良くなってもまた転校する。その辛さを考えたら、最初から友達なんかいないほうがいい」いつもそう思っていました。

転校生は、だいたい最初の朝礼とか全校集会で挨拶をしたりするんですが、決まって物静かでほとんど話さず、愛想がめっちゃ悪い挨拶をしていたと思います。無愛想ほどでもなかったとは思っていますが、沢尻的な「別に」感を出していたかもしれません。

傷つかないように、友達なんかいらないようにしていても、一緒にサッカーをしているうちに、そこは小学生、自然と仲良くなるみたいです笑。いつも一緒にサッカーをしたり、雨の日にはサッカーゲームをしたり。サッカーがあったからこそ、自然に友達ができました。

ちなみに、「サッカーで友達ができた」みたいな経験は、自分の人生の人とのつながりの中でものすごく重要なところです。特に、大学時代にアメリカに留学したとき。英語もそんなに話せない、そこまで社交性の高くなかった自分にとって、やっぱりサッカーによって、たくさんの友達ができました。その話はまた今度。

優しさと、恥ずかしさ

「友達なんかいらない」といって強がっている自分。でも、転校生の自分に優しく接してくれたり、遊びに誘ってくれたり、自分が「別に」とか言ってても仲良くしてくれる友達がいました。強がりながらも、確かに、そういう友達の「優しさ」を感じていました。それを感じるから、また恥ずかしくなり、さらに「別に」ってなったり…。優しくしてくれるからこそ、仲良くなってもきっとまた転校する自分は、もっと苦しくなるだろうなと思っていました。

転校経験によって、「どこでも環境に順応する力がある」みたいにポジティブに捉えていましたし、たぶんそういうこともあると思います。ただ、優しくされることを避けることだったり、人と本当に深く仲良くなることに(実は)ハードルがあるとか、そういういまの自分の弱み?にもつながっていることもあるのかなと感じています。

掘り起こせばいろいろありますが、今度詳細を書くとして、特に記憶に残っていることを。自分のような転校生のことを、先生はすごく気にかけてみてくれていました。先生にとっても、どんな転校生がくるのかは、気になるものなのでしょうか。自分のことをより早く理解しようとしてくれたり、そんな自分の新たな一面を引き出そうとしてくださったり。大人って素敵なんだなと感じたところでもありました。この話、また今度振り返りたいなと思います。

そんな、転校がいまにどうつながっているかのお話でした。おしまい。

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